スペシャルインタビュー:タップダンサー・熊谷和徳さん

間違えることを恐れず「足で話せ!」
パッションを打ち出すための言葉が自分を変えた

 

コンセプトのSing and Listen and Dance =SaLaDがその名の由来のサラダ音楽祭。8月5、6日に東京芸術劇場 プレイハウスで開催されるメインプログラム、タップダンスと弦楽アンサンブルによる『Feel The TAP!!』は0歳から入場できる企画。このプログラムの演出・出演を担当する世界で活躍するタップダンサー 熊谷和徳さんに、タップとの出会いから活動の中で得てきた貴重な体験やポリシーについて話を聞いた。

―タップ歴30年を超える熊谷さんが、タップダンスと出会った時のことをお聞かせください。
 5~6歳の頃にテレビでたまたま見たのがタップダンスとの出会いです。魔法を見たような気分で、どうしてああいう音が出るんだろう? やってみたい! そんな印象でした。でも当時暮らしていた仙台にはタップダンスのスクールらしきものはなかったので、始めるには至りませんでした。
 15歳の時、グレゴリー・ハインズ主演の『TAP』という映画に出会いました。刑務所の中でタップを始めるシーン、体ひとつで、まるで楽器を弾くように音を鳴らしているシーンが自分の中にスッと入ってきたんです。理屈じゃない、圧倒的リアルな感情表現に触れて、やっぱりタップダンスをやってみたいと純粋に感じました。
 
―15歳で映画『TAP』に触れるというのも珍しいのでは?
 マイケル・ジャクソンがずっと好きだったんです。『TAP』はマイケルが憧れていたタップダンサー、サミー・デイビスJr.とグレゴリー・ハインズが共演する映画ということで、必然的に興味を持ちました。たしかに周りの同級生に興味を示す人はいなかったですね。「なんで皆はこれを観ないんだ!!」と思っていましたよ。
 タップダンスをやりたいという熱が再び高まり、仙台で1軒だけ出来ていたタップダンススクールに思い切って通い始めました。スクールの生徒は30~40代の女性が大半でしたけれど、先生はとても親身になって教えてくれる方で、偶然同じ高校の生徒が一人だけ入ってきたこともあり、刺激を受けながらタップダンスにのめり込んでいきました。



渡米先での毎日は
RPGみたいな日々

 
―始めてから4年後には、アメリカに渡られますよね。どんな決意で挑まれたのですか?
 実は大学進学を前になんとなくエネルギーの行き場がなくて悶々としていた時期でした。
 高校在学中に一度だけ研修でアメリカに行ったことがあり、その時に少しタップを踊る機会があり、今まで感じたことのない感触、開放感を味わいました。だからいつかアメリカでやってみたいという気持ちが僕の中にあったんです。思い切ってそれを口にしたら、両親は「そう言い出すのではないかと思ってた」という反応でした。
 そこからはアメリカに行くための話が具体的にどんどん進んでいって、悶々としていた時期が嘘のように、目標に向けて前に進み始めました。
 
―アメリカに渡られてからは熊谷さんにとってどのような日々だったのでしょう。
 「ドラクエ」みたいな日々でした。携帯電話もインターネットもない頃でしたから、手探りでしたが、そこに行き、誰かと出会って、こっちに行ってみたら? と言われて、また訪ねて行って……。でもそうしているうちに、1年も経たずしてあのグレゴリー・ハインズに会えたんです。導かれていたような不思議な感覚ですけど、あの頃は好奇心だけを頼りに、まるでロールプレイングゲームを続けていくように、次々にアクションを起こしていく日々でした。
熊谷和徳
©宮川舞子

―タップダンスの道で食べていくぞと決意と確信をしたのはどのタイミングですか?
 アメリカでも当時のタップダンサーといえばブロードウェイのシアターに出演するスタイルが主流。でも僕は自分が映画で観ていた世界のような、JAZZやHIP HOPといった音楽とタップダンスとのセッションで表現するスタイルへの思いがあったので、自分の行く道については時間をかけて見つけていくつもりでした。
 僕がアメリカに行った年に、ブロードウェイでHIP HOPとタップが融合したミュージカルショー『Bring in ‘da Noise, Bring in ‘da Funk(邦題:ノイズ&ファンク)』が始まりました。その作品の振付と主役を演じたのはセヴィオン・グローバー。時代を変えたタップダンサーです。彼は僕が子どもの頃観た映画『TAP』に子役で出ていた人です。
 彼らが表現するものに惹かれたのは、彼らが自分たちの歴史や文化を大切にしてタップを踏んでいると感じたからです。運がいいことに『Bring in ‘da Noise, Bring in ‘da Funk』にも関わり、トレーニングを受けることができました。自分たちはなぜタップを踏むのか、何のために踊るのか、人間としても尊敬しているグレゴリーやセヴィオンがタップを踏む=生きる姿を教えてくれました。作品のオーディションに受かったことで自信も湧いてきて、この道で行くと決めたのが20代前半です。
 
―タップダンスを通じたさまざまな出会いの中で熊谷さんがかけられた印象深い言葉を教えてください。
 一番自分を変えたのは「足で話せ!」ですね。日本的な教育の中で間違えたら怒られるから努力するとかいうのではなく、間違えることを恐れない、むしろ間違うことのほうが正解の場合もある、もっとパッションを打ち出せとよく言われていました。

わからないグレーな部分を
形にするためにタップを踏む

 
―熊谷さんはご自身のことをどんな人だと自覚されてますか?
 えっ!? 難しいなぁ。どんな人か……。子どもの時の自分、46歳の今の自分、自分でもわからないから理解しようとしています。人って変わり続けるものですよね。白でも黒でもなくわからないグレーな部分がある。タップを踏むとか、何かを表現するというのは、そのわからないグレーな部分を形にするための手段なのかなと思います。
 
―ご活動の中で印象的なものをあげるとすると?
 ひとつのことが終わると素人みたいな感じに戻る感覚があるんです。だからまた練習する。『Feel THE TAP!!』を作っている今もまさにその感覚から始まっています。
 表現者として常にゼロでありたいと思うので、これまでのキャリアを考えるということがまずない。その瞬間に何ができるかということでしかないんですよね。
 デビューしてからは25年くらいになりますが、大好きな人たちと長く共演もしてきました。上原ひろみさんとは15年来のおつきあい、日野皓正さんやハナレグミなど、出逢ってきたアーティストとは一度仕事をして終わりではなく、一生一緒に何かを作っていく感覚を持っています。どういう価値観を持っているかが合えば、舞台の上では何をやってもOKというか、正解だと思っています。
大野和士

0歳の感覚で本能の中にあるものを
気楽に、臆せず感じて欲しい

 
―今回の0歳から入場できるコンサート『Feel The TAP!!』では、熊谷さんのタップと都響弦楽アンサンブルの共演でのケミストリーが生まれますね。
 クラシックとタップというコンセプトはこれまでもありますが、歴史を紡いできたクラシックの曲から受けるストーリーを、タップダンサーとしてどうお客様に伝えていくかは僕にとってチャレンジでもあります。
 今回のショウの注目ポイントは、自分が作曲した楽曲を都響の楽団の方と演奏できることです。
 僕はタップを音楽として捉えていますが、ここ数ヶ月、ストックホルムでのフェティバルやニューヨークで発表してきましたオリジナル曲を今回の特別な編成でパフォーマンスします。弦楽の方たちに加え、ハープやピアノ、そしてタップのアンサンブルといった豪華な編成で、初披露をするので僕自身本当に楽しみです!
 
―では最後に、今回のコンサートや熊谷さんの作品をご覧になる方、タップダンスに興味をお持ちの方にメッセージをお願いします。
 タップにハマる人って自分も含めてどこかクレイジーな部分がある人かなと思います(笑)。この時代に足で板を踏み続けるわけですから。
 でも、0歳の赤ちゃんもそうですが、踊るというのは本能の中にあるものです。年齢も経験も関係なく、今回のコンサートでは本能の中にあるものを気楽に感じてもらえたらいいなと思います。そして興味を持ったら表現することを思い切って始めてみてください。

取材・文:ライター 栗原晶子
OK!オーケストラより

TOP