大野和士、サラダ音楽祭を語る
TOKYO MET SaLaD MUSIC FESTIVAL 2024[サラダ音楽祭]のメインプログラムが、9月14日(土)・15日(日)に東京芸術劇場および池袋エリアで開催されます。スーパーバイザーを務める大野和士・都響音楽監督に、音楽祭の魅力を聞きました。
◆音楽祭メインコンサート
―今年の「音楽祭メインコンサート」では、第1部に合唱音楽の作曲家として世界的な人気を誇るジョン・ラター(イギリス/1945~)の《マニフィカト》、第2部でドビュッシーの《海》とラヴェルの《ボレロ》を演奏されます。選曲の理由などをお話しください。
ラターの《マニフィカト》は、前々から「音楽祭メインコンサート」にふさわしい曲だと考えていました。知的でありながらとても精神的で、神に捧げる気持ちの強さも持った曲です。秘儀的な部分と、喜びが爆発するような部分があって、それが一体になった、合唱曲としてはまれに見るような、現代の大作だと思います。宗教的なものと同時に、より私たちの時代に合った、現代における内面的なもの、精神的なものとの衝突も、曲に反映されています。その意味で,いま演奏することに必然性があると思います。
―後半は、ドビュッシーとラヴェルの作品を選ばれました。
《マニフィカト》はどちらかというと、ドイツ的な作品です。バッハを素材にしていることもあって、ドイツ的な響きがするわけです。それに対して、後半はラテン的な作品にしました。《マニフィカト》の世界がコンサートホールの奥行のある空間に響わたるような音楽だとしたら、第2部の《海》と《ボレロ》は音が回る、渦巻きが生じるような音楽です。この対照の妙を聴いていただきたいと思います。
―色彩的なオーケストレーションを持つ作品でもありますね。
少年時代に《海》をレコードで聴いたとき、最初は何をやっているのか、ぜんぜんわかりませんでした。低弦のピッツィカートとハープしか聞こえない。故障かなと思っていたら、チェロとヴィオラのモチーフが聞こえてくる。これは海じゃないでしょう、とそのときは思ったんです。ところがそこから、きらめくような響きが弦楽器からあらわれ、管楽器がメロディを吹き始める。あとは豊饒な海もあれば、荒れ叫ぶ海もある。海というものの多様性が感じとれますね。
《ボレロ》も同じころに初めて聴いたのですが、小太鼓のリズムだけで始まる。これも何も起こらないのかとびっくりしました。しかも旋律は2つしか出てこない。音色だけがどんどん変わっていく。その色彩と最後の狂乱、信じられない世界だと思いました。
―《ボレロ》は指揮がとても難しい作品だそうですね。
この作品での指揮者は、“耐える”ことが難しいんです。テンポは始まったら変わりません。ちょっとでも変化すると全体に影響しますので、最初から最後まで、指の先に神経を集めながら、自分の中でリズムを鳴らしている。そのリズムと旋律をフィックスさせることが、ものすごく難しい。出てくる楽器の違い、音色の違いが、一向に変わらないリズムと結びついて離れない。どちらか一方に気をとられてはいけないんです。
楽員の皆さんには歌ってもらわなければいけないんですが、その旋律線は永遠に続くかのような一定のリズムと、常に結びついていなければならない。単純なことがいちばん難しいといいますよね、その極限といってもいいと思います。
最後も、永遠に続いていくかのような錯覚をもたらすフレーズとリズムの結びつきのなかで、虚空に向かって爆発していったんじゃないかと思える。この音空間がすごく大切です。始まりと、終わった後の音がなくなったとき。そこに《ボレロ》は集約されるんじゃないかと思います。
―その《ボレロ》には、金森穣さん率いるNoism Company Niigataのダンスが加わりますね。
金森さんたちとのコラボレーションは何年にもわたって続けていますが、さまざまな曲を通して、つねに新しい世界を表現してくださっています。私たち都響にとっても、サラダ音楽祭に来てくださったみなさまにとっても、忘れがたい経験をしていただける、一つのとても大きな要素だと思っております。
ところがですね、(指揮台にいる)私からは見えないんですよ(笑)。ここが妙味なんです。リハーサルのときはできるだけ見るんですが、本番はそうはいかない。《ボレロ》みたいな曲で後ろをふり返って、指揮が乱れたりしたらたいへんなことになりますから。本番では背中の感覚をとぎすませてタイミングをあわせる。このスペシャルな体験を会場の皆様と共有できるというのは、とてもとても幸せなことです。今年は特に《ボレロ》ということもあり、身がひきしまる思いです。全力を尽くしたいと思います。
それから、現代では《ボレロ》をバレエで上演するときには、録音を使うことが増えていますね。オーケストラが生で演奏する前でダンサーが踊る《ボレロ》をご覧いただけるのは、現代ではむしろ新鮮な体験になると思います。楽器とダンサーの動きの連動や対照も、合わせて見ることで楽しんでいただけると思います。
◆OK!オーケストラ
―マエストロは「OK!オーケストラ」も毎年指揮されますね。
この「OK」という言葉には、曲目はなんでもOK、お客様は乳飲み子を抱っこしている親御さんも、小さいお子さんも、若い人も、なかなかふだんは演奏会に来られないようなお年を召された方も、どなたでもOKという意味が含まれているんです。そして同時に、声を出してもOK、泣いてもOK、笑ってもOKという意味もあるんです。できるだけ幅広い聴衆の皆さんに参加していただいて、いろいろな感情にみたされた空間を目指しています。
◆池袋が音楽の街に
サラダ音楽祭ではこのほか、子どものためのオペラやワークショップ、ミニコンサートなども、いろいろなところでいろいろな、小さな音楽的な試みがなされています。池袋が音楽の街になる、スペシャルな1日になると思います。
―では、お客様へのメッセージをお願いします。
「音楽祭メインコンサート」は、これまでは合唱で終わることが多かったのですが、今回は合唱曲が最初に来ます。人の声をともなって、内面的で親密感のある第1部と、気持ちを外に表して、運動性にあふれた第2部という構成になります。その対照をお楽しみください。
また、「OK!オーケストラ」は1時間に満たないコンサートで、いつも笑いと歓声に満ちています。今年もNHK Eテレ『みいつけた!』のオフロスキー役で人気を集める小林顕作さんが、天下一品の司会をしてくれます。私も皆さんの前でしゃべるのはやぶさかではないんですが、このコンサートに関しては完全に小林さんにもっていかれてますので(笑)、全面的におまかせして、私もそのお話を聞いて楽しみながら、指揮したいと思っています。
みなさん、ぜひいらしてください!
取材・文/山崎浩太郎 Kotaro YAMAZAKI