大野和士、サラダ音楽祭を語る

TOKYO MET SaLaD MUSIC FESTIVAL 2023[サラダ音楽祭]のメインプログラムが、8月5日(土)・6日(日)に東京芸術劇場および池袋エリアで開催されます。スーパーバイザーを務める大野和士・都響音楽監督に、音楽祭の魅力を聞きました。

◆OK!オーケストラ

―サラダ音楽祭「OK!オーケストラ」は、毎年多くの親子連れで賑わうコンサートです。大野さんにとって思い出深いエピソードはありますか?

 今でも忘れられないのは、第1回のサラダ音楽祭(2018年9月17日)の光景です。池袋駅の改札口に、珍しいほど多くの親子連れの方々がいて、みんな私と同じ方向、つまり「OK!オーケストラ」の会場(東京芸術劇場)へと向かっていくのです。こんなにたくさんのお子さんがオーケストラを聴いてくれるなんて! と、とても感激しました。あれは忘れられない一コマです。
 お子さんがステージに上がって指揮者体験をするコーナーでは、ある年、小さな姉妹が挑戦したことがありました。妹さんはまだ本当に小さくて、バトンを持って指揮台に上がっても、きょとんとしているんですね。それで私が一緒に手を動かしてあげると、オーケストラがいっせいに鳴り始めて、びっくりしていましたね。とても微笑ましいシーンでした。
 会場には1000人以上の子どもたちが集まります。それはもう賑やかです。でもその和やかな賑わいの中で、私たちも演奏するのが楽しみです。子どもたちから自然に声があがったり、元気に体が動いたりしてしまうのは、オーケストラが奏でる音楽に反応し、感情がさまざまな方向へと動き、興奮している証拠です。演奏に興奮してもらうというのは、私たちの究極の目標でもあります。今年もみなさんに、のびのびと楽しんでもらえるコンサートにしていきたいと思っています。

OK!オーケストラ サラダ音楽祭2022公演記録写真より
OK!オーケストラ(サラダ音楽祭2022公演記録写真より)

◆音楽祭メインコンサート

―音楽祭メインコンサートでは、J. S. バッハ(マーラー編曲)の《管弦楽組曲》から2曲と、ドヴォルザークの《スターバト・マーテル》が演奏されますね。

 コロナ禍はようやく収まってきましたが、ウクライナでは侵攻が続き、トルコでは災害が起きました。こんな時代だからこそ、慰めの音楽として《G線上のアリア》を、大切な人を亡くした方へ《スターバト・マーテル》を演奏したいと考えました。

―毎年、Noismのダンスとのコラボレーションに絶賛の声が寄せられています。今年はどのような化学反応を期待できるでしょうか?

 《管弦楽組曲》から「序曲」と「エア(アリア)」を演奏しますが、「エア」が「G線上のアリア」として知られる名曲ですね。今年はこの曲で、Noismの金森穣さんと井関佐和子さんに踊っていただきます。彼らのダンスは、思考と動きとが結びついたもので、はっとするような空間を作り出してくれます。バッハやアリアを研究し、よく知り尽くした上で、一つひとつの動きを紡ぎ出してくれることでしょう。いろいろなイマジネーションの翼を広げてくれると思いますので、とても楽しみですね。

音楽祭メインコンサート
音楽祭メインコンサート(サラダ音楽祭2022公演記録写真より/Noism Company Niigataとの共演)
―ドヴォルザークの《スターバト・マーテル》は80分ほどの大曲です。

 コロナ禍では大規模な合唱作品を取り上げることは難しい状況でした。今年から、また前を向いて進んでいけるようになってきましたね。とはいえ祝祭的な作品を選ぶには、まだ少し時間が必要かなと感じますし、先ほど申し上げた通り、最近の世界の情勢も考えました。
 そこで《スターバト・マーテル》を選びました。作曲者のドヴォルザークは、この作品を書く直前に長女を、そして作曲中には次女と長男を事故や病気で失いました。相次いで3人もの子どもを失うという失意の中、妻との関係にも翳りが差し、作曲家にとって最も辛い時期にこの作品が書かれたのです。
歌われるテクストは、十字架にかけられたキリストと、それを嘆き悲しむ聖母マリアの姿を描いています。全体の3分の2を占めるのは、マリアの悲しみを伝える重々しい音楽です。しかし、第4曲で数小節間、天使の歌声(合唱)が明るく響きわたります。音楽は次第に明るさを帯び、続く第5曲からは長調が支配的となって、最後の第10曲は天に近いような、ポジティブな曲想で締めくくられます。
 ドヴォルザークは苦難を体験しながらも、この作品を創作することで天と一体化したのです。《スターバト・マーテル》ほど、今の私たちが「再出発」するためにふさわしい作品はありません。私たちにも明るい未来が待ち受けている、そうしたことを確信させてくれる作品なのです。小林厚子さん、山下裕賀さん、村上公太さん、妻屋秀和さんという日本を代表するソリスト、そして新国立合唱団の皆さんとともに、この素晴らしい作品の世界を描きたいと思います。

大野和士
©Herbie Ymaguchi

◆タップダンスや子どものためのオペラ、ワークショップ

―今年は子どものためのオペラ『アトランティス・コード』や、タップダンスと弦楽アンサンブルによる『Feel The TAP!!』といった新企画、そして例年通り充実したワークショップも展開されますね。

 オペラ演出家の菅尾友さんは、ドイツの劇場を舞台に世界的な仕事をしている人です。とても才能のある菅尾さんの演出で、子どものためのオペラ『アトランティス・コード』を日本初演していただくことになりました。タップダンサーの熊谷和徳さんは、プレゼンテーションが素晴らしい方なので、子どもたちを惹きつけながら楽しいステージを作ってくれることでしょう。
 サラダ音楽祭は、歌、ダンス、手作り楽器などの多彩なワークショップが売りといってもいいくらい、とても充実しています。ダンスのワークショップにはコンドルズも加わってくれますから、今年もご家族そろって、みんな一緒にクリエイティブな時間を過ごしていただけると思います。参加すれば必ず何か発見があるはずです。みなさんのご来場をお待ちしています!

取材・文/飯田有抄


コンドルズとLet’sダンス!(サラダ音楽祭2022記録写真より)

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